今月のお知らせ

5月 Mai (2017)

Mai (2017)

  Mois de Mai : Mois de Marie
  Marie
  Celle qui a dit "oui" à Dieu
  et le Créateur a pu venir en elle
  et se révéler tout entier.
  Marie
  Mère heureuse qui tient son petit enfant
  tourné vers nous
  et nous Le donne.
  Marie 
  Debout, si douloureuse,
  au pied de la croix de son Fils.
  Marie  croyante
  Marie  confiante
  Marie,  la mère du Ressuscité !
  Sainte Marie, 
  Mère de Dieu
  Et notre mère.

                            (Sœur Marie- Hélène)

 

五月( 2017年)

 

五月:マリアの月
マリア
神に"はい"と答えた方
ゆえに創造主は彼女の内に宿ることができ
ご自分の完全な啓示が可能となった。
マリア
幸せな母は幼子を抱き
私達に向け
私達にその子を与えて下さる。
マリア
息子の十字架の下で
いとも大きな苦痛をもって立ち尽くした。
マリア 信仰の人
マリア 信頼する方
マリア、復活した方の母!
聖なるマリア、
神の母
そして私達の母。

 

      (シスター マリー・エレーヌ)



 

 

アンジュ―の聖十字架への巡礼
Pèlerinage à La Croix d’Anjou


日時 5月6日(土)~5月8日(月)

予算 210ユーロぐらい
現在エムリック神父様のおられるBaugé-en-Anjouには、イエスの架刑に使われたとされる十字架の木で作った聖十字架がchapelle de la Girouardière保管されています。
この聖十字架への巡礼と、この歴史ある美しい街を見学し、エムリック神父様の捧げる日本語ミサに与りましょう。
参加希望の方は、湯沢慎太郎までご連絡ください。
Pèlerinage à la Croix d’Anjou. Date : Du samedi 6 mai au lundi 8 mai. Budget : Environ 210 euros.
A la chapelle de la Girouardière de la ville de Baugé-en-Anjou, est conservée la relique de la vraie croix du Christ.
Nous vous proposons un pèlerinage vers la Croix d’Anjou, et de visiter cette belle ville chargée d’histoire, et de participer à la messe en japonais célébrée par le Père Aymeric.

ルルド巡礼の感想

 パリ日本人カトリックセンターは4月3日から6日、ルルド巡礼を企画し、10名の巡礼者のグループが参加しました。初めてルルドを訪れた学生の井上佳苗さんが感想文を書いてくれました。

ルルド

ルルドの泉にて

ルルドに向かう列車の窓の外を眺めながら、幼いころ聖心女子学院で聞いた奇跡の泉の物語を思い返していました。まだ小さかった私は、どこか遠い国のおとぎ話のように聞いたのを覚えています。昨年の夏、日本のビデオショップで偶然見つけたルルドを舞台にしたフランス映画を見てから、そのおとぎ話が急に現実のものに感じられ、私もルルドに行ってみたいと密かに願うようになっていました。フランスに来て数ヶ月後、これまた偶然、パリ日本人カトリックセンターのサイトを見つけ、そこでルルド巡礼の募集を目にし、行くしかないと直感しました。こんなにも早く叶うとは、嬉しい反面、まだ心の準備ができていない自分もいました。

ルルドに着くとまず感じたのは燦々と輝く太陽でした。山の中にあるため、雨がよく降ると聞いていましたが、滞在中は天気に恵まれ、ルルドの町とマリア様に迎え入れられたようでした。

ルルドの町は他の多くの巡礼地と同様に、商業化されていました。町にはたくさんのおみやげ屋さんやホテルが並び、ルルドを題材にした映画だけを扱う映画館さえありました。それでも周りを囲むピレネーの山々や広々とした空を見ると、ベルナデッタが生きていた時代を思い起こすことができました。彼女は自然の中ですくすくと育ったに違いありません。一方で、4月にも関わらず手袋とマフラーが必要なほど寒く、ベルナデッタ一家は身を寄せ合ってその貧しさと寒さを耐えている様子も想像されました。滞在3日目には、ベルナデッタ一家が破産し、住む家を失った後移り住んだ“カショ”と呼ばれる小さな家を訪れました。ベルナデッタが住む以前は牢獄として使われていましたが、換気や衛生上悪いとして、廃止になった場所だそうです。そんな場所に住んでいた少女。聖母が現れた当時、彼女は読み書きもできず、三位一体の原理も知らず、初聖体さえ受けていなかったそうです。なぜ彼女に聖母はご出現なさったのか。この問いは彼女に会う人だけでなく、彼女自身も何度も自分に問いかけたことでしょう。ベルナデッタは若くして亡くなりますが、晩年このように言っています。「聖母が私に現れたのは、私がこの世で最も貧しく、最も無知な者だったからです。」この言葉からは逆に彼女の賢さや謙遜さが伝わってきます。彼女の育ったルルドの町、そして小さな家を目にする
ことで、聖女ベルナデッタの心を少しだけ垣間見れました。

さて、ルルドといえばやはり泉です。多くの病人を治癒してきたという泉。私自身、体があまり強くなく、ルルドはまた一層特別な場所でした。4月とはいえ気温が低く、冷水に入るのには勇気がいりましたが、どうしても泉の水に入りたいと思い、聖母がご出現なさった洞窟の奥で沐浴をしました。沐浴の前、十字架を切りマリア様の祈りを唱えます。祈りを唱えた後、心の中で私を治してくださいとお願いしました。そして一気に水の中に。あまりの冷たさに、思わず声が出てしまい、心臓が止まるのではないかと思うほどでした。水の中で聖母マリアと聖女ベルナデッタにゆっくりと祈りを唱えます。沐浴を終えた後、冷たさの衝撃でぼーっとしながら、水に入った時に出たううぅっという低い声はなんだったんだろうと考えていました。普段聞いている自分の声とはまた違った低い声。あれはひょっとすると私の中にあった悪いものが水に清められて出て行く声だったのかなと、ふと思いました。泉の水に浸かった後は、心持ちか自分の体も気持ちも軽くなったような気がしました。

滞在中はプロセッションと呼ばれるろうそく行列に毎晩参加しました。フランス語や英語、スペイン語など数カ国語で行われる、洞窟に現れた聖母マリアへの熱い祈り。言葉は違っても、同じマリア様への祈りを唱えていると思うだけで、ここにいる人たちと一つになれた気がしました。100年以上前、一人の少女を通して起きた不思議な出来事。マリア様は彼女を通して何を私たちに伝えたかったのでしょうか。幼い頃聞いた奇跡の泉の物語はもうおとぎ話ではなくなっていました。
(2017年4月21日 井上佳苗)

 

 

Notre Dame de la Croix教会のFête des Nationsミサで今年も日本語の聖歌を歌いましょう!

Notre Dame de la Croix教会のFête des Nationsミサで
今年も日本語の聖歌を歌いましょう!

聖霊降臨の日、6月4日(日)に恒例のFête des Nationsのミサが20区の
Notre Dame de la Croix de Ménilmontant教会で行われ、日本語の聖歌を歌います。
今年は「ごらんよ空の鳥」の一曲です。センターの皆様、ぜひご参加下さい。
Venez et chantons ensemble à la Messe de la Fête des Nations à Notre Dame de la Croix (20ème), à la Pentecôte,
le Dimanche 4 juin à 10h30.
Nous chantons le chant Sacré « Golanyo Solanotoli » en Japonais dans la messe.

日時:6月4日(日) 10:30 am (ミサは11時からですが、入祭の行進等があります)
場所:Notre Dame de la Croix de Ménilmontant教会 (3, Place de Ménilmontant 75020)
*リハーサルが3日(土) 14時~ ミサ当日の為どなたかご出席いただけると大変有難いです。
*当日着物でご参加頂ける方はぜひお願い致します。勿論着物でなくても大歓迎です。
*毎年ミサの後にアペリティフがあります。何かご持参頂ける方はぜひお願い致します。
*4月と5月のセンターのミサ後に少し練習したいと思います。ぜひご参加下さい。
*連絡先:森 クラブ 孝子


田中万里子さんへのお別れの言葉

Adieu à Madame Mariko Tanaka

田中万里子さん

長年にわたりセンターで生け花の教室を担当されていた田中万里子さんが三月末にお亡くなりになりました。
既に葬儀とお別れ会は済みましたが、ここで改めてセンター一同哀悼の意を表したいと思います。万里子さん、本当にありがとうございました。
なお二人の万里子さんへの追悼文を載せたいと思います。
Mme Mariko Tanaka qui a longtemps assuré bénévolement le cours de Ikebana (art floral japonais ) est décédée fin mars.Nous tenons à exprimer notre gratitude à Mme Tanaka qui a rendu un grand service pour le Centre. Voici les deux hommages prononcés lors de la cérémonie d’adieu.

田中万里子さんへ追悼

ゆく春やムドンの森の友逝きて

「モシモシ、お花の田中でございます」受話器を伝わってくる聞きなれた声、もうそれを聞くことはない、永久に。
声の主の訃報を知ったのは4月1日の早朝。一瞬耳を疑う。3月11日カトリックセンター恒例の行事、チャリティーコンサートの会場の花を飾りに現れ、そのあとのカクテルパーティーにも参加されて楽しそうだった彼女の姿を人々はまだ鮮明に覚えているからである。実を云えば、今年のコンサートの花飾りは殆ど諦めていた。二度の大手術のあと、数か月の療養所暮しから出てきたばかりの彼女に、かなり重労働の花飾りをお願いするのはとても無理と思われたのである。ところが意外にも、彼女は快く引き受けてくれた。当日の朝、お気に入りの足高台つきのガラス花器に もはや自分で活ける体力はなく、椅子に坐ったまま指示する姿は痛々しくも感動的だった。今年の花は例年のような華やかな彩りはなく白が多く、何かを暗示しているようだった。翌日見に行った人の言によれば花は萎れていたという。一日限りの、精いっぱいに咲いた花。それは彼女そのものでもあった。われわれへの、そしてこの世への決別のことばでもあったのである。

田中万里子さんは大学卒業後 会社員の妻として幸せな家庭生活を過ごされた。特に御夫君の転任先の金沢時代は印象深いものだったようである。
東京に戻り、御夫君の癌が知らされ、余命いくばくもないのを自覚した彼から、自分亡きあとの為にも生花の免状をとっておくよう勧められたという。お二人の間に子はなかった。
未亡人となった彼女は10年ばかり会社勤めをしてから、パリを終焉の地に選んだ。ムドンの森の近くに居を定め、在仏35年の新生活が始まる。全く自由な身ひとつとなった彼女は 積極的にパリの生活にとけ込んでいった。活動範囲は広がり、開放的で明るく率直な性格は多くの友人を作った。
センターとの接触はモンパルナス大通り時代であろうか。セルクル・サン・ジャン・バチスト日本部の旅行会(P.赤松氏担当)にも早くから参加しておられたようである。センターの移転後も関係は続いた。教皇ヨハネ・パウロ二世がパリに来られた時、外国宣教会の庭でアジア諸国の祭典が催された。着物姿の佐々木さんと田中さんは日本コーナーで茶の湯の実演をされ、大好評だった。その後 秋に同じ場所で生花展が開かれた。彼女の実演を熱心に見ていたフランス人女性たちが後年 センターの「生花教室」の最初の生徒となった。以後田中さんは新年会やチャリティーコンサートになくてはならない人となる。
やがてセンターの文化活動の一つとなった上記の「生花教室」には生徒数も増えていった。流派は池坊自由花。「各自、好きな花をお持ち下さい」と彼女は云う。自身も花や枝を抱えてきて 皆と分け合うのである。自由で個性的、のびのびした楽しい雰囲気の教室だった。
夏休みやクリスマス休暇前には実習のあとに打上げ会をした。各自持ち寄りの料理や菓子を囲んだ団欒となった。彼女は料理もお上手だった。美しい料理が美しい容器に盛られた。バザーの日にはこれらが並べられ、忽ち売切れとなる。
絵・コーラス・料理・生け花と多才な人だったが、一つだけ選ぶとしたら やはり生け花であろう。まさに「お花」の田中さんなのだ。花に生き、花と共に去った田中万里子さん。あなたはセンターのため いろいろ尽くして下さいました。長いことありがとう。今は安らかに眠って下さい。
さようなら。
(ドベルグ 美那子)

 

MARIKO ,
Vous l’artiste aux mains d’Or, qui avez su donner vie à toutes les fleurs que nous vous apportions, bien souvent incertaines en nos choix, et qui par votre simple regard avez su les transformer en de merveilleux bouquets d’art floral japonais, si cher à votre cœur et à votre pays le Japon.
Vous saviez les secrets des fleurs, et avec quelle dextérité vous saviez les disposer, chacune, pour les mettre en valeur.
Ainsi le bouquet final chantait la gloire de toutes !!
Comme elles étaient heureuses et oh combien nous l’étions nous aussi, vos élèves, à la fois heureuses et peu sûre de pouvoir une fois rentrée chez nous, retrouver la même harmonie.
Tout cela, vous nous l’avez fait partagé à pleines mains.
Merci, chère MARIKO, merci !
Maintenant nous comptons sur vous pour nous guider dans la continuité des cours d’Ikébana.
Mariko, merci, merci, pour tous ces moments de bonheurs partagés.
Votre sourire est dans nos cœurs, lumineux et porteur de courage et de vie, pour toujours !
(Denise Rivière)

 

 

Emmaüs  SOS !! Boîte de lait のキャンペーン "Deux boîtes par semaine pour sauver un enfant de la mort ! " アフリカの貧しい子供たちの命を救うために、砂糖入りコンデンスミルク1缶(397g)をセンターまでお持ちください。Pour aider les enfants qui souffrent de la malnutrition en Afrique, apportez-nous les boîtes de lait (397 g, concentré et sucré), lorsque vous avez l'occasion de passer au Centre.


平和を実現する人は幸い ~ 戦後70年司教団メッセージ (抜粋)
Heureux ceux qui réalisent la Paix
– Message de la conférence épiscopale japonaise pour le 70ème anniversaire de la fin de la guerre (extrait) -
 日本カトリック司教団は、特別に平和のために働く使命を自覚しています。それは何らかの政治的イデオロギーに基づく姿勢ではありません。わたしたちは政治の問題としてではなく、人間の問題として、平和を訴え続けます。この使命の自覚は、もちろん日本が広島、長崎で核兵器の惨禍を経験したことにもよりますが、それだけではなく戦前・戦中に日本の教会がとった姿勢に対する深い反省から生まれてきたものでもあります。
1986年9月26日、東京で開催されたアジア司教協議会連盟総会のミサにおいて、白柳誠一東京大司教(当時)は次のように述べました。
「わたしたち日本の司教は、日本人としても、日本の教会の一員としても、日本が第二次世界大戦中にもたらした悲劇について、神とアジア・太平洋地域の兄弟たちにゆるしを願うものであります。わたしたちは、この戦争に関わったものとして、アジア・太平洋地域の2千万を越える人々の死に責任をもっています。さらに、この地域の人々の生活や文化などの上に今も痛々しい傷を残していることについて深く反省します」。
 これは一個人としてのことばではなく、司教協議会会長として司教団の総意を代表して述べたことばでした。さらに日本司教団は戦後50年と60年にあたっての平和メッセージの中で、戦前・戦中の教会の戦争責任を反省し、その上に立って平和への決意を表明しています。
                                              2015年2月25日 日本カトリック司教団


 

 

東日本大震災被災者のための祈りⅡ

父である神よ、
すべての人に限りないいつくしみを注いでくださるあなたに、
希望と信頼をこめて祈ります。
東日本大震災によって今もなお苦しい生活を送り、
原発事故によって不安な日々を過ごす人々の心を照らし、
希望を失うことがないよう支えてください。
また、亡くなられた人々には、永遠の安らぎをお与えください。
すべての人の苦しみを担われたキリストがいつもともにいてくださることを、
わたしたちがあかしできますように。
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

(2014年2月18日 日本カトリック司教協議会認可)

 

 


 

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