【フランスの巡礼地A】
聖ドニ殉教・聖イグナチオ・ロヨラ記念地下聖堂
11 rue Yvonne Le Tac, 75018 PARIS, France
Métro: Abbesses
問合せTél.: 01-42-59-50-44
この地下聖堂は歴史的にも霊的にも由緒のある場所である。聖ドニ(ディオニジオ)はここで殉教したと伝えられており、この場所で聖イグナチオはイエズス会を創立した。
伝承によれば聖ドニは350年ごろメルキュールの丘、現在のモンマルトルで斬首された。「幸いなるパリ司教ドニはキリストの名のためにさまざまな拷問を受けた後、剣によってこの世の命を終えた」(ツールのグレゴリオ)。はじめは出来事を記念する洞窟があったが、いつの頃か聖堂が建てられ、幾世紀もの間パリの重要な巡礼地の一つとなる。1133年、ルイ六世(肥満王)が「モンマルトルの王立女子ベネディクト会修道院」を創立し、記念聖堂はこの修道院のものとなった。1559年に起きた火災被害復興工事中の1611年、埋没していた地下聖堂が発掘され、人々の大きな注意を引き起こすことになる。
巡礼者の熱意を冷ましたのはフランス革命である。1790年2月13日、最後の修道院長Madame de Montmorency-Lavalがギロチン台の露と消え、修道院は1794年7月24日付けの勅令によって廃止される。修道院の敷地は国有財産として左官職人に売却され、建物は取り壊されてしまった。
1870年、マドレーヌ教会の主任司祭Le Rebours神父が、光栄ある時代の聖地をパリに再興しようと土地の一部を手に入れる。彼は建築家Tournesacの協力のもとに、古地図を丹念に調べ、此処と思われる場所に仮の聖堂を建てさせた。1877年には煉獄援助修道会の修道女たちが管理者となり、イエズス会の資金援助のもとで現在の地下聖堂を含む修道院を再建したのである。
この地は有名無名にかかわらず、すべての人の巡礼地であった。たとえば聖ベルナルド、教皇アレクサンドル三世。聖トマス・ベケットは、後に自分を死刑にするイギリスのヘンリー二世とここで出会っている。他にも聖トマス・アクイナスや狂気の発作後のシャルル六世、ジャンヌ・ダルク、改宗後の感謝に訪れたアンリ四世、聖ビンセンシオ・ア・パウロ、聖フランシスコ・サレジオ、オラトリオ会創立者でフランス学派霊性の創始者Bérulle、殉教地に特別の信心を持っていたルイ十三世と幼ルイ十四世などである。
1202年にはここにパリの金細工師の組合が信心会を作っていた。アルマニャックやブルゴーニュとの戦いの折、またフランソア一世のパヴィア捕囚の折、パリの人々はここに行列を行った。聖ドニは王国の保護の聖人だったからである。
当地で今も生き生きと記憶されているのは、ここを好んで訪れていた聖イグナチオ・ロヨラである。1534年8月15日、イグナチオはフランシスコ・ザビエルを含む6人の同志と共に、神の栄光と人間の救いに自分たちの生涯をささげるため、この地下聖堂に来た。全員が大学の学生であった。彼らはパリから全世界へ自らを導いていく召命を誓願によって確かなものとした。「彼らは床に跪いて、精神を神のうちにおき、一人ずつ皆に聞こえるはっきりとした声で自分たちの誓願を立てた」(Simon Rodriguez de Acevedo)。こうしてこの殉教地は、1540年の教皇教書Regimini militantes ecclesaeによって生まれることになる「イエズス会」の霊的誕生地となったのである。
■黙想:月〜金曜07:30〜08:00, 19:30〜20:00
■見学:金曜 15:00〜18:00 ※時間外の見学については管理者に直接問合せてください。
■ミサ:定刻のミサはありません。
同行司祭のいる巡礼団などでミサを希望する場合は、管理者に直接お問合せの上、下記管轄小教区の主任司祭の許可を得てください。
聖イグナチオ・ロヨラ